緊急事態宣言への対応から考える

緊急事態宣言が解除され、公立学校の授業が再開されるなど、ウイズコロナという状態が始まりました。ほぼ3ヵ月間の自粛生活で仕事のしかたや人との関わり方が大きく変わりました。そして6月1日から新たなステージです。

この3ヶ月をふり返ると、よくもまあ従来の習慣を捨てて取り組んだことだと思います。卒業・入学・入社、移動や異動。送別や歓迎。お花見やGW。観劇やスポーツ。すべてをやめて乗り切ってきました。いままでの常識を捨てて、対抗しようと首をすくめて、問題を乗り切ったわけです。考えてみれば、このような状態は普通ではありません。頭で考えれた計画であれば、実効性の困難さにはじめから取り組むはずがありません。

そう人は変化に対応することが出来るもの。あらたな考えや様式には慣れます。しかしはじめの変化には抵抗を示します。そのときに元の状態を維持しようとするか、抗えないものとして受け入れるか。受け入れるにしても、改善を付け加えて今までを維持しようとするか受け入れるか。コロナウイルスへの対応で、我々はとんでもない問題に対応しようとしています。考えれば、従来の仕事のしかたが一番効率的なことはわかっています。そのための仕組みを創り上げてきたわけです。否定したり、新しいものを取り入れれば、失敗や困難がついて回ります。

われわれは経営の状態が変化することは、理解しています。しかし変化には対応することは、心と体が着いていきません。話を飛躍させると、全てのものが変化に着いてくるはずがありません。そこで全てを変えるのか、変えないといけないところに焦点を当てて変えるべきところを変えるのか。

それは取捨選択という言い方でも良いだろうし、切り捨てという見方も必要かもしれません。全ての人を満足させることはできません。時には理不尽さもも求められます。経営者や組織の長は、そこを理解しなければなりません。