組織は機敏でなくては

規模を追求する風潮がまだ見られる。極言すれば規模さえ大きければー規模拡大が実現できれば勝利できるという考えだ。この時代であるので、データを集められるだけ集めることが出来れば勝利できるということにも同様の考えは通じる。

この一見正しそうな見立ては、実はものすごく妖しい思考だ。そもそも全てのありとあらゆる情報を手に入れられるはずはないし、手に入れるだけの手間と時間という費用対得られる成果は比例はしない。たしかに一データ単位あたりの入手コストは減少するかもしれないが、得られる価値とは必ずしも比例しない。すこし横道にそれた。ひとは何らかの安心感を得て、ようやく打って出ることが出来る。攻めるにはまず守りを固めてからということだろう。

巨大さを目にして、多くのものはひれ伏す。しかしその巨大さ故に、守らねばならない箇所であり致命傷となりかねない腱は増加する。責めるものが目利きできるならば、相手がノーガードであることに笑いが止まらないだろう。

組織には目的があり、その実現に向けて資源を利活用する。しかしその効率性には限界がある。その際足るものが組織階層という壁であり、業績管理単位という壁であり、地域や情報伝達の時間という壁である。ネットワークコミュニケーションということで、対応しようとすれば人と組織の数だけ、情報伝達のスピードは遅くなり、機動性が失われる。

組織は機敏に動き回らねばならない。小さいに限るのだ。巨大組織で会っても、小さく機敏な疑似組織を内在している例も見られる。巨大さへの対応手段として取り組む生物的勘なのかもしれない。

また小さな組織単位では、見える世界が限定される。そこで小さな組織であればあるほど、自己組織の持続を目的にするような行動だけではなく、目線をあげた先を見通した行動が求められる。

物語の価値は不変

藤井聡太7段が新棋聖となられました。14歳中学生で棋士。29連勝。そんな超一流の人ですから、当たり前なのでしょうが、とうとうタイトルを獲ってしまいました。

小林秀雄が、突き抜けた名人クラスの勝負は、先手か後手かを競う勝負となるだろうと看破していたように、AIの機能が強化されれば、人間が知恵を絞るという勝負の意味合いは薄れ、興味が失われていくのではないかということがいわれた。

新棋聖は勝利後の記者会見で、「今の時代においても、将棋界の盤上の物語の価値は不変だし、自分としてもそういう価値を伝えていけたらと思う」という主旨を述べていた。実際の盤面の戦いを通じて、勝負事の世界で人が全知全能をぶつけ合って戦うことのすごさと面白さをみせてくれました。

しかし何なんでしょう、この言語力。勝ってうれしいだけのレベルには留まっていないという恐るべし17歳。

ニューノーマルから今後を考える

世の中のあり方・展開がころっと変わった。しかもまだ世界中でコロナウイルスが終焉というわけではないので、あたらしい取り組みが必須となっている。

我が事では公開集合研修やセミナーなど人前で話をしたり指導するという、直接コミュニケーション面を重視していたもののあり方に工夫が必要となっている。人の知識を伝達するための方法に大いに工夫が必要ということだ。

コロナウイルスを基点とする在宅勤務の奨励から、オンラインセミナーや講演が多く行われるようになっている。従来ならば出かけて参加しないと、得られなかった体験がどこででも可能になっている。過渡期であることもあるのか無料のものも多い。学会などもオンラインで実施されるものが増えている。各種の学会は、地方で開催されることが多く、なかなか参加できないことが多かった。誠にありがたい話だ。知恵や知識に対する敷居が低くなっている。

従来のアナログの時代には考えられなかった仕組みである。まさにフリーの時代の到来である。またあたらしい動きが芽生えているということは、従来の強みが減少するということでもある。レコードからCDに、そしてインターネットに移っていった音楽の流れと同じものが感じる。

経営情報の流れが変わりつつあるのだ。従来の枠組みは活かしつつも、新しい仕組みに転換する必要がある。いままでのあり方からどのように転換できるかを模索する、実験する勇気のあるものが、次の時代を率先するのだろう。