組織は機敏でなくては

規模を追求する風潮がまだ見られる。極言すれば規模さえ大きければー規模拡大が実現できれば勝利できるという考えだ。この時代であるので、データを集められるだけ集めることが出来れば勝利できるということにも同様の考えは通じる。

この一見正しそうな見立ては、実はものすごく妖しい思考だ。そもそも全てのありとあらゆる情報を手に入れられるはずはないし、手に入れるだけの手間と時間という費用対得られる成果は比例はしない。たしかに一データ単位あたりの入手コストは減少するかもしれないが、得られる価値とは必ずしも比例しない。すこし横道にそれた。ひとは何らかの安心感を得て、ようやく打って出ることが出来る。攻めるにはまず守りを固めてからということだろう。

巨大さを目にして、多くのものはひれ伏す。しかしその巨大さ故に、守らねばならない箇所であり致命傷となりかねない腱は増加する。責めるものが目利きできるならば、相手がノーガードであることに笑いが止まらないだろう。

組織には目的があり、その実現に向けて資源を利活用する。しかしその効率性には限界がある。その際足るものが組織階層という壁であり、業績管理単位という壁であり、地域や情報伝達の時間という壁である。ネットワークコミュニケーションということで、対応しようとすれば人と組織の数だけ、情報伝達のスピードは遅くなり、機動性が失われる。

組織は機敏に動き回らねばならない。小さいに限るのだ。巨大組織で会っても、小さく機敏な疑似組織を内在している例も見られる。巨大さへの対応手段として取り組む生物的勘なのかもしれない。

また小さな組織単位では、見える世界が限定される。そこで小さな組織であればあるほど、自己組織の持続を目的にするような行動だけではなく、目線をあげた先を見通した行動が求められる。