兵站と民営化

ワクチン接種が遅れているとか、人繰りがつかないとか、布マスクを提供しようとしたり、監督官庁で懇親会を開催してクラスターを発生させたり。コロナ禍の一連の問題を見ていると、組織が古くから抱える課題解決がなされていないことに思い至る。

問題が発生すると、自分が前に出ると解決できるとするが、それは果たして正しいのだろうか。なぜ民に任せようとしないのか。管理を統括しようとするのか。指示して報告を求めようとするのか。本質を変えようとしないのか。

多くの方が悩んで解決しようとしているのに、自分が口を挟めばたいていは現場を混乱させるだけでおわる。現場で欲しいのは人手であって頭ではない。数あわせではなく、実際に行動できる人だ。

紙面上で解決できると思っても、細部を補うことはできない。現場が混乱しているところに指示をすれば、報告のための人手が割かれる。形だけの介入であり、なにもしていないことを暴かれぬ為の方便にすら見える。多くは想像力の欠如である。

コロナ禍でみえてきたものを次の時代で解決できるか。大いに問われている。